コロナによる外出自粛、在宅ワークが続きますが、皆さんお元気でしょうか。
少しでもリラックスした時間をということで、
晴れた日の午後には、テラスで仕事をしてみたり、
週末には、自宅のテラスでBBQをしたり、燻製作りをしたりして過ごしています。
屋外スペースの活用には、まだまだ可能性がありそうです。
再放送ですが、日曜日の「下町ロケット」もついつい見てしまいます。
ロケットを制するには、世界最高のバルブシステムがかかせない。
この『バルブシステム』には、佃プライド、世界最高品質が詰まっています。
こんな時期だからこそ、佃社長の言葉もぐっと来てしまいます。
『難しいからこそ、やる価値があるんだ。どんな難問にも、必ず答えはある。
挑戦すれば、必ずその答えを見つけ出せる。私は、そう信じているんです。』by佃 航平
さて、話を戻しますが、秋葉原でSOHOとResidenceを計画しています。
解体も終わり、5月のGW明けには着工する予定です。
立地についてはこちらをご覧ください。
代表的なものをリサーチをしてみました。
①アパホテル秋葉原駅北、全181室
②ザ・ツーリストホテル&カフェ秋葉原、全143室
③台東区1丁目ホテル
④住友不動産神田和泉町ビル 延床面積1万㎡
⑤日本通運新本社ビル 延床面積4万㎡
⑥秋葉原駅から御徒町駅にかけての高架下の開発
第一弾「2k540 AKI-OKA ARTISAN」職人によるものづくりをテーマ 2010年12月オープン
第二弾「ちゃばら」こと「CHABARA AKI-OKA MARCHE」日本各地の食産品を扱う 2013年7月オープン
第三弾「SEEKBASE AKI-OKA MANUFACTURE」オーディオやカメラ、ホビーなどにこだわる人たちの“探求基地”
→UNDER RAILWAY HOTEL AKIHABARA 客室数29室、収容人数100余名。主に外国人旅行者を対象に「4名以上のグループ客」
2019年12月オープン
鉄道高架下の開発は、秋葉原の歴史的にも重要であることが、この後の歴史からわかると思います。
これから街並みがどんどん変わっていくことと個性のある建物が次々と完成していくことがわかります。
秋葉原らしさを持った『個性ある建築』を考えるために、秋葉原の歴史を調べてみました。
長くなっていますが、もう少しお付き合いください。
秋葉原といえば、「オタク」「家電」「パソコン」「AKB48」など……ですが。
①江戸時代、江戸城下において主に下級武士が住む武家屋敷街でした。
そして、明治初期にはその地名の由来となった秋葉原大権現が鎮火神社として祀られています。
②秋葉原は「船と貨物の街」だった。
水運の要所でもあり、現在のヨドバシカメラのあたりは船だまりだった。
東北から材木などが秋葉原の貨物駅へ電車で運ばれて、
そこから都内各所へ船で流通していった。その後、だんだん自動車による流通に。
③秋葉原電気街は、太平洋戦争後、駿河台、小川町界隈の闇市が、ラジオ部品を専門的に扱うようになり、
GHQによりガード下に集められて、多数の電器商が集積し、現在の秋葉原の原型ができました。
電気街の売り上げは全国の2割を占めていました。当時の学生たちは、ラジオ部品を買い集め、
完成品のラジオにして売るアルバイトが大流行していたといいます。
④秋葉原には1928年~1989年まで日本一の青果市場『神田青果市場』がありました。
今もUDXビルの前には碑が残り、かつての姿を見ることができます。
現在は大田区へ移動し、大田市場と名を変えています。
⑤現在では、アニメ、アイドル、オタク、パソコンなどのサブカルチャーとして、
外国人観光客にも人気の街となっています。
歴史から読み解くと、日本通運本社ビルやスーパーライフ本社などが当時物流の拠点だった秋葉原にあることがわかります。
鉄道を基点に発展をしてきたのも興味深いです。特に鉄道高架下は、木材→青果→電子部品と変わっていき、
昨年にはホテルが出来ています。この高架下は、秋葉原の原点であると言えます。
秋葉原らしい建築とは何か?
その高架下にある電気街の電子部品から建築をつくることはできないかと考えました。
以前、フランスのパリでお会いした建築家田根剛さんが説明してくれたミラノサローネでのインスタレーションです。
シチズン(CITIZEN)が、時計のすべての部品を支える“地板”を8万個使用し、音と光のインスタレーション。
出典元:fashion-press.net
秋葉原に無数にあるパソコンや携帯の中身の基盤のパターンから、抽出してデザインにできるのではないか。
これはアップルの基盤(circuit board)です。
左がmac book、右がiphoneです。
このような秋葉原にあるパターンを掘り起こし、パネル化して、
外壁のファサードやエントランス空間に展開してデザインできれば、
秋葉原発の建築になっていくのではないかと思っています。
次回のブログに続く。
byミッキー