先日、パリに行った。
ポケットwi-fiをもたない僕は”デジタルデトックス”をしているような気分で、パリの街をふらふらと歩き回る。
いたるところに老舗のカフェがあって、テラス席や室内で、アイスコーヒーやビールを囲んで語り合う人たちのにぎやかな声が街の風景に彩を添えている。
十九世紀依頼深刻な住宅不足に悩まされてきたパリでは、いつでも陽気な空気に触れられるカフェの空間は、寒々とした暗いアパートから逃れるための格好の避難先であったという。
パリがヨーロッパの文化的な中心であった頃、こうしたカフェは、学問や芸術が育まれるサロンとしても大きな役割を果たした。
マーラーやフロイト、クリムトなどが訪れたことを売りにしているカフェには、今も地元の人や観光客が集う。
パリはコンパクトな街である。
日常のほとんどの用事を徒歩や自転車で済ますことが出来るような、都市構造となっている。
パリの都市組織(Urban Tissue)のなかでも特に、「都市の中の空地(Urban Void)」が重要な役割をなしている
厳密には異なるが、日本家屋で言う「縁側」のような外部との中間領域のような場所である。
街を歩きながら、カフェで一息をつき、「縁側」で井戸端会議ならぬ縁側会議をする。
19世紀末のパリでは、例えば物理学者のボルツマンがブルックナーにピアノを学び、マーラーがフロイトに診察を受けていたそうだ。
この街の偉人たちはすぐに出会える距離の中で活動していたのである。
街を歩いて、都市構造と建築が「きっかけ」となり引き起こすその「物理的な小ささ」と「文化的な存在感」のギャップの大きさにあらためて驚いた。
阿佐ヶ谷の街を歩く。
都市構造は言わずもがな、街を歩く人々の振る舞いがパリとは根本的に異なる。
開放的なカフェも街の縁側もない。
そもそも人々はスマートフォンとにらめっこ。
そもそもそもそも、子供はもちろん、スマホが作動する原理や技術的な詳細はほとんどの人間が知らない。
仕組みがわからなくても誰しもが正しく操れることが、洗練されたデザインの証左なのかと自分を納得させてみたり。
現代の暮らしは、優れたデザインの便利な道具に彩られている。
ボタン一つで沸かせるポット。
スイッチ一つで室温をコントロールできるエアコン。
仕組みや原理を深く考えなくても、望む結果だけが速やかに得られる。
「機械で沸かしても手で沸かしても、できたお湯の熱さに変わりがないなら、楽しい方が良い」
そんなことを彫刻家のジャコメッティが言っていたのをどこかで読んだことがある。
流れる時間を「楽しむ」よりも、費やす時間を減らしてくれる「楽」方法ばかりを求めてしまう。
身の回りには「仕組みがわからないけど使えるもの」がどんどん増える。
何かを使えることと、何かを理解することのあいだには、本当は果てしない距離がある。
理解しようとする辛抱をやめ、効果的につかうことばかりを求めていると、未知の他者に対する想像力や感受性は、知らず知らずのうちにやせ細ってしまう。
スマホから目を離して、空を見上げて歩く。
費やす時間は効果的ではないが、未知との遭遇が期待できるかもしれない。
十三億年前、宇宙の彼方で二つのブラックホールが合体し、太陽の三倍の質量に相当する膨大なエネルギーが、光速で伝わる時空の歪み、すなわち「重力波」として放出された。
2015年9月、米国の巨大観測施設が、十億年以上かけて地球に到達したこの「波」を観測することに成功し、
業績を讃えられたレイナー・ワイスら三氏がノーベル物理学賞を受賞した。
引用:https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20160212_02/index.html
門外漢の僕でも、当時このニュースの心躍った。
光を発しないーしたがって「見る」ことのできないーブラックホールの衝突を、波として「聴く」このができるというのは刺激的な話だ。
スマホから顔を上げる「きっかけ」で、何億年も前から届いた重力波に耳を澄まし、新たな「世界」が刻々と生まれ続けていることに気づくことが出来る。
重力波は大それた例だが、ふとした時に未知で、圧倒的に不思議な世界と触れ合う機会が今日の生きる生き甲斐であるとしたら。
「物理的な小ささ」と「文化的な存在感」のギャップを生み出す「きっかけ」を建築につくりたい。
他者との触れ合いが少なく、スマホと親友である単身者の住まいであるなら尚更。
凹凸のある基礎形状で、1階居室にも立体的な視座を確保。
未知の環境と触れ合う「きっかけ」をつくれないか。
各住戸へのロフト設置で、高所からの視座を確保。
未知の環境と触れ合う「きっかけ」をつくれないか。
多種多様な角度・高さの窓と床との関係をつくった。
未知の環境と触れ合う「きっかけ」をつくれないか。
そんな願いを込めた単身者の住まい、10戸のアパート。
9月竣工予定。
navy