こんにちは!
SAP BLOG愛読者の皆様であればご存知かもしれませんが、わがシマダグループでは、毎年国内外への研修旅行を行っています。
今年の行き先はなんとロシア! 私の場合、行き先を伝えた人全員に「ろ、ろしあ?」と驚かれました。
こんにち一般的なロシアのイメージといえば、、、例えば先日大阪で開催されたG20。プーチン大統領が常にマイボトルを持参したことが「暗殺防止か」と話題になりましたが、ロシアの大統領ならさもありなん、元KGBだし。。と、何とも言えずおそロシアな印象をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
ロシア在住の日本人はわずか2,700人程度(ちなみにアメリカには40万人以上)というレベルですから、「オンリーワン」を標榜するSAPとしても思い切った試みと言えましょう。ロシアという近くて遠い、そして旧くて新しい(ソ連→ロシアになったのが1991年)超大国を体感してともに成長すべし、、、ということでモスクワおよびサンクトペテルブルクというロシアの二大都市に行って参りました。
今回はその前編(モスクワ)です。
モスクワについて
モスクワは人口約1,200万人を擁するロシアの首都です。12世紀にユーリー・ドルゴルーキー大公によって開かれ、ロマノフ朝時代を除き、長年ロシアの首都として栄えました。世界初の社会主義国の誕生、その崩壊とさまざまな歴史の舞台となった都市でもあります。資本主義国家となった今、世界のあらゆるカルチャーやトレンドが集まる大都市として、日々著しい発展を遂げています。市の予算規模は世界第2位(ニューヨーク市に次ぐ)。
東京から9時間半のフライトをものともせず、モスクワ川のクルーズ船上で夕食。岸べりに多くのモスクワを代表する建築が建ち並んでいるので、手始めに都市を俯瞰的に体感するにはおすすめの方法です。
書籍や映像では見たことのある著名な(珍しい)建築が、心地よい速度感で夕景に流れて行きます。
目に留まったのはモスクワ川に大きくオーバーハングしたこのブリッジ。このブリッジはザリャジエ公園の展望ブリッジであり、モスクワの新たな名所として有名になりつつあります。Diller Scofidio + Renfro(最近の作品としてNYのハイラインなどが有名)の設計で、70mものキャンチレバー(片持ち梁)となっています。
甲板より見上げる社員からも「きれいだねぇ!」という声が上がっておりました。
…なぜきれいに見えるのでしょうか?ちょっと考えてみました。
① 「敢えて」コンクリート造(RC造)を採用している
グランドキャニオンのスカイウォークなどもそうですが、通常このようなキャンチレバーの場合、鉄骨造で作ることが一般的です。なぜなら、コンクリートは引張強度が著しく弱い(圧縮強度の1/10。根元でポキンと折れやすい)、クリープ変形を起こしやすい等、敢えてこのような形状の場合(静定構造なので冗長性がない、と言います)コンクリート造を採用するメリットが少ないからです。片持ち梁+等分布荷重の単純モデルで考えると、最大曲げモーメントは長さの2乗、先端たわみは4乗で効いてくるので、持ち出し長さが長いほど大変なことになります。
しかしそこは流麗かつ彫刻的な表現をしたかったのだと推察します。ボルトやリベットで鉄骨をつなぎ合わせて橋にするよりも、全体をモノリシックでソリッドなデザインにしたいんだ!という建築家の強い想いが伝わってくるようです。
「(構造家A)鉄骨で作って、ガワを張って仕上げりゃええやんけ」 「(建築家B)わかってへんな自分。それやとシュッとした感じが出えへんやろ!」(なぜか関西弁)という応酬があったとかなかったとか。
日本の耐震基準がモスクワのそれより厳しい(同じロシアでも、極東など地震の多い地域は日本のものを参考にした個別の基準があるそうですが)ことも踏まえると、全く同じブリッジを日本で造るのはかなり難しそうです。このような「難しさ」を我々は無意識のうちに感応するので、その「緊張感」をもって美しいと感じるのかもしれません。
②ガラス手摺のデザインが極度にシンプル
単純に見えますがこれが結構難しいのです。曲率を調整した高透過の強化合せガラス(高価!)を採用しているようですが、日本の基準だと入れたくなるガラスの支持骨やハンドレールがありません。少し細かい話をすると、強化ガラスの場合「自爆」という現象を完全には排除できません。確率として1/1000程度と言われていますので、大量にガラスを使う現代建築の場合、決して安全性が極めて高いとまでは言いきれない材料です。もしガラスが粉々に割れて落下してしまったら?と考えると、鉄などの「割れない」材料でサポートしたくなります。
方法がないわけではなく、強化ガラスの中間膜にアイオノプラスト樹脂等の新素材を採用すれば、たとえガラスが割れても手摺は自立します。(下記写真出典:Dupont社)まだ日本ではそれほど一般的ではないのですが、十分にこの中間膜の性能が認知されれば、日本でもすっきりとした見た目のガラス手摺が今後増えていくかもしれません。
モスクワ・シティ
モスクワの中心から少し離れた場所に、モスクワ・シティという超高層ビル街があります。「都市の中に都市を作る」がコンセプトのこの再開発計画は、1992年、つまりソ連がロシアとなった頃にモスクワ市政府によって企画されたものです。
建物の新旧の対比が、まるで合成写真を見るようです。
モスクワ市内を俯瞰できる場所として、フェデレーション・タワー(2017年竣工。現時点でヨーロッパおよびロシアで最高の高さ:374m)の展望台に全員で上って来ました。
このフェデレーション・タワー、事業者こそロシア企業ですが、設計はドイツの企業。東側のタワーは中国の建設会社、西側のタワーはトルコの建設会社が担当。設備設計はイタリアの企業、ガラス・カーテンウォールの設計はアメリカの企業が担当といった具合で、まさにインターナショナルなタワーです。これも、ロシアが資本主義国になったという一つの証左なんでしょうね。
89階(高さ327m)に上って、モスクワの都市計画を一望しました。山らしきものが見当たらず、360度地平線です。
東京との比較を載せておきます。スカイツリーの第一展望台から(写真:Wikipediaより。高さ350mからの写真なのでほぼ似たようなアングル)。建物密度・街区割り・棟配置など、、、やはり違いますね。
ボリショイ劇場
1856年に建てられた、全1740席のロシアを代表するバレエ、オペラ劇場です。「ボリショイ」とはロシア語で「大きい」を意味し、単純に「大劇場」。豪華絢爛な新古典主義様式のレパートリーシアターで、世界的に有名なロシアのボリショイバレエ団とボリショイオペラを擁します。
社会主義国だったのに、こんな豪華な(華美な・贅沢な)施設が存在するのはなぜか?実は少し疑問に思っていました。事実、レーニンはボリショイ劇場の解体を主張したそうです。「バレエやオペラはブルジョアの芸術である!維持費が高額だし芸術家は厚かましい金の亡者だ!」というわけです。ここで劇場を守ったのがスターリン(共産主義の偉大さ、労働者の鼓舞を目指してスターリン建築を後にいくつも建設しました)。我々が視察できたのもスターリンのおかげだったのかもしれません。
通常では入れないようなところまで見てみたい、とバックステージツアーを敢行しました。ガイドをして下さったのは元バレリーナの山本萌生さん(下の写真左)。ボリショイ・バレエアカデミーで修行後、熊川哲也氏のKバレエカンパニーに所属されていた方です。今回幸運にもタイミングが合ったことで、ガイドを快く引き受けて下さいました。
クリスタルガラスの下げ飾りのついた金色の大シャンデリアは、ソ連時代からボリショイ劇場のシンボルとなっています。その直径は6メートル、高さは8メートル。重さは何と2トン!
毎年1回それを、観客席を撤去したホールに下ろし、2万4千個のクリスタル一つひとつを清掃するのだそうです。大変な手間と維持コストですが、そうしないとこの煌きを維持できないのでしょう。
「劇場自体が楽器である」という発想で全ての建築素材が吟味されており、楽器で使われるのと同じ木材や紙で出来ています。
本職ならではの確かな説得力と、劇場・バレエの見どころを、初心者にもやさしく・深く伝えていただきました。山本さん、どうもありがとうございました!
ところでこのボリショイ劇場、2005~2011年に掛けて大改修されたものです。改修費には多額の費用が掛かったようで、調べてみたところその額なんと1千億円という説も。ちょっと想像を超える額ですが、ここで(また)無理やり日本の建物と比較してみましょう。
同じ伝統的芸術のための?施設としての「歌舞伎座」です。座席数(1964席)は少し多い程度、不運にも3回火事に遭った等も共通しています(写真:Wikipedia)。
後ろにある29階建ての超高層オフィスタワーを含めた計画となっており、「新築」工事費がタワーを含めて430億円と言われています。金額もそうですが、最新の技術を積極的に取り入れるなど「改修」「再建計画」の考え方が全く違うことが興味深いです。
ボリショイ劇場の改修前後を比較すると、劇場部分は大きく見た目や空間を変えずに、劇場を支える隠れた部分を大幅に充実させていることが分かります。(出典:Bolshoi theater Moscow – the secrets of the acoustical reconstruction / International Symposium on Room Acoustics 2013)
劇場の音響特性の指標である「残響時間」が、グラフのように改修前(青)と改修後(赤)で少し変わっています。人声の音域である500Hz~1kHzで少し響きを豊かにしようという意図が伺えます。それでもいわゆるコンサートホールが1.8~2.0秒が適切と言われていますので、それよりは少し短いですね。オペラを主体としたホールなので、発声の明瞭性を重視して調整しているのでしょう。(出典:同)
聖ワシリー大聖堂
ロシアの建築を紹介するとき、まず初めに思い浮かぶ建築ではないでしょうか(世界遺産)。合計9つの聖堂が寄り添って1つの大聖堂を形成しています(たまねぎ屋根が9つの場合は、天使の9つの階級や聖人の9種あるシンボルを表すそうです)。
ここで注目したのはまず、たまねぎの「カタチ」の意味。
ロシア正教の教会の多くは、4世紀頃の東ローマ帝国で始まった「ビザンチン様式」で建てられています。ただ当初、教会の屋根はこのようなたまねぎ型ではありませんでした。ビザンチン様式の代表格であるイスタンブールのハギア・ソフィア大聖堂のようなドーム型の屋根が多かったそうです。
ところがロシアでは雪が多いので、それが屋根に積もるとかなりの荷重になってしまいます。
そこで①地面まで効率的に雪を滑り落とせるよう、徐々に頭でっかちのたまねぎ型の屋根になっていった、、のだそうです。降雪を滑り落とす効果を狙っているということで思い出すのは、同じ世界遺産である日本の白川郷の合掌造りですが、形としては全く違うのが面白いですね(写真:Wikipedia)。
同時に、②ロウソクの炎の形を象徴し、教会内で聖霊が活躍し祈りが天まで昇っていく様子をイメージした、とも言われています。この形には、「カワイイから」ではなく、そのような意味が込められているのですね。
もうひとつ、この建物を独特なものにしているのは「色使い」です。
ロシア正教の教会はドームが金色や青色、緑色などさまざまに彩色されています。
これらの色にはやはりそれぞれ意味があり、聖書の記述を参考にしているのです。真紅、暗赤色、明赤色、、、
金色は天の栄光、青色に金の星が散りばめられたドームは聖母を表しているといった具合。(写真:The Russian Orthodox Church)
内部に入っても彩色豊かなことは同じでした(撮影は禁止)。数値上の照度はそれほど高くないはずなのですが、着彩による「明るさ感」を感じました。そして純粋なヨーロッパ様式ではなく、独特の中東や東洋の気配を漂わせているようにも。
それでは今回はこのあたりで。後編(サンクトブルク)もお楽しみに。。。
g.o.A.T.